王になっていた。王家だから王者になれて当たり前である。
だが、トリスタンの欲望が乾くことは無かった。トリスタンの父親は、無欲であった。逆を言えば野心が無さすぎた。
国が激動することはなかったから、民はトリスタン二世を名君と呼んだ。
だが、それでいいのか。トリスタン三世の目にとっては、父は無気力な王、としか見えなかった。
心に闇は無いのか、そんな考えを持ったのは十八歳の時からだった。
ピアース。
世界地図を見た時、トリスタンは驚きと失望を同時に抱いた。
ミッドガルツ王国を統一しているのがトリスタン王家だが、世界まではとれていない。
たかが一つの大陸で、王の気分になっていたのかと、トリスタンは国全体に失望してしまった。
だから、決意した。父、トリスタン二世が死んだ時に、トリスタンの夢は始まった。
世界の天下を取る。これがトリスタンのすべてであって、女など世界の覇者になった後でいい、そう考えていた。
それに、これはトリスタンという男を試された試練でもある。王家という安定にすがっていては、
トリスタンも父と同じ、無気力な男に成り下がる。
それに、父が継いできた名声をそのまま貰っていては、トリスタン三世という男は、
二番煎じの王として評価されるはずだ。
それだけは避けねばならなかった。俺は、トリスタンだ。それをいつも忘れなかった。
サンクチュアリ。
自分の手で何かを掴んだもの、それが自分のものだ。王家だからといって、
全てが自分のもの、とは考えたことはない。
二十八歳になった時、トリスタンは世界を取ろうと、月に一度の会議で言った。
ざわめく老人、うろたえる親衛隊、外から聞こえる規則正しい行進音。
全員に、反対された。
なぜ、そう言いかけたが、大臣が、世界を取らなくとも今の王国は安定している。
無駄に争いを増やすなと主張した時点で、この会議に、決着がついてしまった。
誰も、世界全体を取るという、強大で果てない夢を分かってくれる者はいないのか。
会議から一週間が経過したが、大臣に指摘されてから、夢は確実に膨らんでいっている。
そんな野望なぞ達しえない。否定されればされるほど、夢は熱くなっていく。トリスタンもそうだった。
トリスタンに手に入らないものはない、逆を言えばトリスタンの手で新しいものを掴み取ることが出来ない。
理解の無い国に、トリスタンは叫んだ。周りにいつも人はいた、だが孤独だった。
王だから、人がこぞってついていく、ついていかねば王ではないのだ。
誰か、聞いて欲しい。俺の夢を、俺の手で掴みたいものを。
部屋が、白い光に一瞬だけ飲まれた。気付けば、雨が降り注いでいた。
トリスタンの嘆きなのか、雷鳴が遠くで鳴り響く。あれは、トリスタンの怒りなのか。
雷鳴が、自分の耳元に落ちたのかと思った。耳の奥が震えるぐらいの、轟音が鳴り響いたのだ。
寝転がっていたトリスタンは、立ち上がった。目の前にうまいものがあったから、
そこに駆け付けるかのように、本能がそうさせた。
窓を開ける。上から下にそそがれる冷たい矢に向かい、トリスタンは叫んだ。
ロードオブヴァーミリオン。
時が歪んだ。世界は悠長に時を刻んでいるのだろうが、トリスタンだけは、
現実世界から取り除かれ、全てが止まった現実を見た。
だが、叫んだ。飽きずに咆哮した。雨に、全てを叫ぶ。稲妻が空をきらめかせる。
なぜか、制御不可能になったトリスタンは、窓から飛び下りた。
飛翔して俗世間から脱したい。世界が取れないなら空でも飛んで好きになりたい。
二十八にもなって、それかと、混雑した感情を抱きながら、トリスタンは地面に、衝突しなかった。
空に、浮いていた。死んだのかと思ったが、稲妻を浴びたから、そうではなかったらしい。
気付けば、兵士に囲まれていた。俺は王だ、そう叫んだが、嘘つき扱いされ、すぐに流された。
俺の体は、どうなっているのか。トリスタンは手を見た。骸骨になっていた。
悟った。まるで、こうなるのが決まっていたかのように、トリスタンは全てを
受け入れることも何が起こっているのかも、理解することが出来た。
気付けば、兵士だったものは、全て倒れていた。ただ手を振るっただけだ、
それだけで鍛えられた兵士をなぎ倒したというのか。
ブレッシング。
雨に向かい、叫んだ。天が、自分を、世界を取る覇者にしてくれた。そうとしか考えられなかった。
奪ってやる。全てをとって、自分の手で世界を掴み取ってやる。トリスタンはそう思った。
やがて、太古の昔に滅ぼされた、グラストヘイムという城に封印された。迅速な動きを見せた魔術団が、
トリスタンを倒すとまではいかなかったが、封印することには成功したのだ。
何も出来なかった。恥のあまりに死のうとしたが、体が動かない。餓死するか、と思ったが、生きる力だけは嫌でも沸いていた。
そんな惨めな生活は、一年半で終わりを告げた。大地震の影響で、封印の器であった黄色い鉱石が台座からずれ落ち、
砕けたためだった。原因は、ある島の浮上だというが、それに関してはどうでもよかった。
今度こそ、世界を取る。一年の停滞ごときで、夢が醒めることはない。
ボーリングバッシュ。
男として、生まれたのだ。男は自分の手で何かを掴み、女は男を支えていればいい。
立ち上がろうとしたが、首が上がらない。
手を払おうとしたが、主がトリスタンでないかのように、動いてくれない。
夢が成し遂げられないではないか、そう叫ぼうとしたが、喉すら力が入らない。
体が、下半身から消えていくのがわかった。認めたくは無かったが、なぜこうなったかは、トリスタンが一番分かっていた。
何故だか、全く分からないが、男を成そうとしただけだというのに、自分をダークロードと呼ぶ声が聞こえる。
どうしてそう呼ぶのか、理解してはいるが、男であれと生きがっていた理性が、理解するなとトリスタンを訴えている。
男とか、夢とか、ダークロードとか、そんなことを考える前に、
「俺は、死ぬのか」
世界から、光が消えた。
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