来るも来る日も、調練ばかりを繰り返していたが、部下は誰一人として文句や愚痴を言わない。
影では憎んでいるのかもしれないが、決して口には出さない。行く先、部下がついてくるからだ。
ついて来なくてもいいと言っても、部下は無言でついてくる。ストームナイトが休まない限り、部下も決して
休むそぶりすら見せない。部下に与えたのは訓練と、区別をつけるために与えたサンタの帽子だけだ。
部下は一人残らず、帽子を与えた時は深く一礼をし、訓練を続行していた。
なぜ、と思ったが、もはや寂れてしまった玩具工場にやってきたサンタが、一人では淋しいだろうと
言い出し、仲間からはぐれたゴブリンを差し出したのだった。
それ以来、玩具工場に忍び込んでくる人間を排除する役目を、部下が増えたことでやりやすくなった。
役に立つという感情は抱いた、それが最高の賞賛だと信じている。ストームナイトは、役に立つか立たないかの
二つの区別で他の生物の判断をしている。別の見方もあるだろうが、ストームナイトの頭では、
これが限界だったし、それが自分という生き物なのだと、見切っていた。
「将軍」
部下であるゴブリンがストームナイトを呼ぶ時は、決まってそう言っている。
別に、鹿とでも呼び捨てでもいいとは言ったのだが、どうしても将軍と言い、
訓練は決まって受ける部下達の、唯一譲れないところであった。
「なんだ」
「人間が、こちらに向かってきております」
玩具工場という場所がよほど気に入り、情報が広がったのか、毎日毎日人間が襲来してくるようになったのは
去年ぐらいであろうか。
昔の玩具工場ならば、ここで働いていた人間が追い出していただろうが、今は見る影も無い。
作動している機械は、去っていった人間などおかまいなしに、今日も玩具を作りつづけている。
警備担当の機械人形の製作も担当しており、訓練が施されていない人間は、決まって機械人形にやられてしまっている。
「精兵か」
「はい、物凄い数です。警備担当のクルーザーが次々と破壊されています」
役に立つ人間の集まりか。だが、それは人間側の話であって、古くから警備監督をしているストームナイトにとっては、
面倒くさい邪魔者としか認識出来ない。
だが、そういった精兵も、訓練に訓練を重ね、次第に強くなれるゴブリンの前に倒されるというのが
去年からの習慣であった。
「出撃だ。敵は精兵、油断はするな」
お互いを短剣で攻撃するという訓練をしていた複数のゴブリンが止まった。ゴブリンは俺の体の一部、そう思った。
交戦が始まった。ここでストームナイトが武器である槍を一突きしてやれば、精兵と判断した人間も大抵は
一撃で滅び去る。最初から戦うために作られたものと、生きる道が沢山あるらしい人間とは、わけが違うのだ。
最初から、訓練も無しに戦える能力があるから、感情や玩具工場という見捨てられた呪縛から抜け出せることが
出来なくなってしまったのではないのかと、時々思うことがある。
そういう時は決まって、部下が外に出ても大した変化はありませんよと言うことがあるのだ。
なぜ、そう言うのかは全く分からなかったが、恐らくは将軍と呼ばれたストームナイトにしか言わないのだろう。
根拠は無いが、きっとそうなのだ。
「行け、力の限りを尽くし、やつらを潰してやれ」
敵の数は八体。目的も無しにここまで来たものだ、一体ここに何があるというのか。
子供と呼ばれた生き物の為に、玩具を作り、与えるのだとサンタは言う。だが、時代の流れは玩具などよりも、
仲間というものを選んだらしい。仲間というのは、喜びを与える玩具よりも、感情豊かにさまざまなものを
与える仲間というものの方が、人間としては良いのだという。サンタの目は、なぜだか笑っていた。
まず、生半可だったと思われる、剣使いが部下の手により葬り去られた。無様な姿を見せるために
ここに来るのか、あるいは何も価値も無い警備監督ストームナイトを壊すつもりでここに来るのか。
人間というのは、自由だ。自由であるが故に、ストームナイトという最初から戦うために生まれた
生き物を倒すことは出来ない。そう思っていた、信じてはいなかったが。
だが、敵の強さを理解したらしい人間陣は、先頭を突っ走っていた指揮官らしき剣使いの男の強烈な一撃により、
強さが変幻した。
先程の一撃により、固まって行動していたゴブリン郡があちこちにばらまかれ、床に張り付いていた剣使いの口に、
何か植物のようなものを突っ込ませ、立ちあがらせる。
「陣を固めろ、ばらばらに行動するな」
自分の手足のように、ゴブリン陣が黙々と、ストームナイトを中心に陣を固める。
部下は、あくまでもストームナイトを守ることが任務だと思っているから、ストームナイトが命令しなくても、
陣は自然と固まっていくのであるが。
「俺も行動する。行け、お前達の力を見せてやるのだ」
槍のように突っ込む。だが、上空から飛来する複数の矢は、獣と化したゴブリンの足を止め、
指揮官である剣使いは、触れたら切れるどころか解体されそうな速度で、剣を振りかざし、ゴブリンを押している。
後方にいる魔術使いも、煙幕でストームナイトやゴブリンの目をくらませていたし、僧侶は後方に引き上げていった
疾風速度を誇る男や、指揮官である剣使いの治療に専念していた。矢使いは相変わらず、
ゴブリンの足を少しでも止めようと、空から制御不可能な複数の矢を降らせている。
仲間とはこういうことか、ストームナイトは歯を食いしばりながら、矢があちこちに刺さりながらも
疾風速度の男に槍を突っ込ませる。だが、男は武器で捌いたり槍を曲げるように、避けている。
数分経ったが、傷をつかせても、無理をせずに後方に下がる前線部隊は後退し、治療を施され、
臆病を殺しながらこちらに突っ込んでくる。ゴブリンに出来ることは、決して単独で行動せず、
そこらの警備担当の機会人形より遥かに、効率良く攻撃を繰り返すことぐらいだった。
「将軍、どうか」
サンタの帽子が宙を舞った。一匹が、命を落とした、疾風速度の男の刃が首を跳ね飛ばしたのだ。
強い、そう思った。そして、額が矢に貫かれ、あっという間に二匹目が脱落した。
「ええい、この煙幕、どうにかならぬものか」
だが、煙幕で先が見えないのでは、何処に煙幕を発生させている本人がいるのか、見当もつかない。
ストームナイトに出来ることは、前線で上手く戦い続けている人間を滅ぼすことだけだ。馬でも持てば良かった。
ふと、煙幕が途切れた。剣や腕部短剣を振りつづけている前線部隊の向こうには、魔術師と僧侶、弓使い二人がいた。
殺す。後方部隊は脆いからそうしているのだから、槍を一回振るだけで滅ぶはずだ。
無謀だったが、前進したほうが、後々の戦況もこちらに傾くだろう。だから足を前に踏み出させた。
「馬鹿めが」
どういう意味だ。策にでもかかったのかと思った途端、目の前が赤く、黄色に輝く何かに覆い被された。
「何と」
部下の悲鳴がやまない。体を見ると、肩や足から、火が噴出している。
だが、それでも耐えた。俺はストームナイトだ。かまわず足を前に踏み出そうとするものの、体が
言うことを効かない、体が炎に巻かれ、負けてしまっているのか。ストームナイトよりも痛みを選ぶか。
ストームナイトは生まれて初めて、叫び声を上げた。
「ツゥゥハァゥンドッ!クイッケェェェンッ!」
指揮官も、炎の中で絶叫した。炎は生物を認識するのか、指揮官の身は焦がしていない。
指揮官は部下であるゴブリンを、次々と切り刻み、確実に倒していく。鬼の動き、目をしていた。
今の指揮官に近づこうというものなら、人間ですら切り刻まれるだろう。
そして、全ての部下が、訓練に訓練を重ね、精兵として育て上げてきたサンタ帽のゴブリンが、全滅した。
何故だか、全く分からないが。ストームナイトは、どうしても指揮官を残酷に生かし、次第には死なせなければ
気がすまない衝動にかられた。
考えて出されたのではない、体がそうさせるのだ。ストームナイトもそれに従った。
考えるよりも動くほうが合ったからだ。
「死ね」
指揮官に、一点だけの殺意をぶちかましてやる。だが、それを剣、よく見れば曲がった剣を振りかざし、
槍をあさっての方向に突き出させる。確かあれは、サムライソードと呼ばれた武器のはずだ。
殺傷能力は普通の剣よりも高く、珍しいものであるという。
それを手にするほどの鍛錬をつんできた男が、目の前ではらわたを何度も何度も切り刻んでいる。
笑いながら、絶叫しながら、大声を出しながら、楽しそうに飽きずに裂いている。
ここで負けて、何が嵐の生き物だ。ストームナイトは苦しみを全て吹き飛ばす豪傑だ。今、そう決めた。
足を使い、指揮官の腹を蹴り飛ばしてやり、距離を生産させる。
間。指揮官は腹を抱えながらも、ぎこちなくサムライソードを両手で、掲げ、真横にしながらストームナイトの 目を焼き付けるように睨む。
間。槍を後方に引く。一撃で殺さねば、先程の連続攻撃を受け、恐らくは負ける。負けることは、ストームナイトを 名乗ることを許されない時だ。
動。考えることは同じだったのか、ストームナイトが踏み出した瞬間、指揮官も矢のように 突っ込んでいた。別の人間は、既に傍観に徹している。指揮官が何か言ったのか。
槍が、指揮官の腹を狙う。当たれば致命傷は免れ無かっただろう。しかし、指揮官は跳躍し、槍の上に乗っかった。
そして、目に刃が閃いた時には、右側半分の世界が真っ暗になっていた。
目を失ったとして何だ。槍を真上に上げ、指揮官を振り落とす。見切られていた、サムライソードを腹めがけて投げ、
それは他愛も無く深く突き刺さる。痛みは感じないが、胴体が言うことを効かない。
隙をつかれ、指揮官は突き刺さったサムライソードの柄めがけ、強く握り締めた拳を叩きつけてきた。
体の中から、何かがぼろぼろと出てきた。よく分からないが、命のかけらが次々と放出されているのだということが、
本能的に分かった。
どうにかしなければ、と思った。だが、体が痛みに慣れてくれない。気づいた時には、サムライソードを引き抜かれ、
首が体から離れていた。
空高く舞いあがるとは、何故に不快感を感じることが無いのだろうか。
ここまでの高度の上昇は、初体験であったが、無自覚に縛り上げていた何かから解き放たれた気がした。
指揮官は勝ち誇ったかのように、サムライソードをその場でぶんぶんと振り回し、手加減抜きで鞘にしまいこんだ。
ふと、風になでられていた頬が、暖かくなった。暖かいのは、体に多少の変調をきたすので嫌いだったが、
今は心地よいとしか思えなかった。毛の生えた何かが、首を担ぎ上げてくれているのかと思った。
部下が、首を担ぎ上げてくれているのか。きっと、死にかけた部下が、
自分のことも考えずにストームナイトの保護ばかりを考えているのだろう。
何も聞こえなくなった。何も見えなくなってきた。これが、終わる時か。
そういえば頬が、冷たくなってきた気がする。
最後に、左目だけを流してみた。そこにあるのは、床だけだった。誰もいなかった。
だが、どうでも良かった。作られたものが壊れ、動かなくなる時は幸せに終わることなのだ。
幸せとは、悪くないことなのだろう。最後に学んだのがそれでよかったと、ストームナイトは思った。
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